ひな人形展~時を越えて~ 感想

先日、横浜人形の家ひな人形展に行ってきました。
ひな人形展チラシ
横浜人形の家は小さな美術館で、特別展だけなら30分ほどで充分見て回れますし、常設展を含めても1時間で回れました。自分の小さい頃に飾っていた記憶を思い出したり、将来女の子を授かったらどうするだろう、等と考えながら眺めてきました。

会期は本日までなので、いまさら宣伝にはならないのですが、感想だけ書き留めておこうと思います。

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展示より、ひな人形の歴史(さらっと)

ひな人形の原形ができたのは平安時代。けがれを移して流すのが主目的でした。

江戸時代に、飾って子の成長を祝うようになり、それが町人にも広まりました。

長らく「お内裏様とお雛様」の二体だけ飾るのが主流でしたが、
江戸時代中ごろから、三人官女や五人囃子、お道具など、にぎやかに飾るようになったそうです。

飾るものが増えたら、飾り方も変化した

人形が増えても、最初はすべて平置きしてましたが、
だんだん地方によって、段飾りにしたり、建物を置いて立体的に並べたり、と工夫されていったそうです。

人形の大きさも様々で、
特に江戸時代までのおひな様は、展示にあるものはみんな立派な大きさです。(庶民のは、小さく素朴な土人形とかだったそうですが)
大正~昭和初期には、小振りなひな飾りの一式が多く作られたそうです。

昭和頃のおひな様が懐かしい!

以上のような説明パネルがありつつ、色々な時代や地域、姿形や大きさのおひな様が並んでいたんですが、
中でも人形の数が多くて道具も多い、昭和頃の段飾りが、昔飾っていたものとイメージそっくりで懐かしかったです。赤い十二単の、見慣れた装束のおひな様です。
右大臣が酒飲みの赤ら顔で、左大臣がおじいちゃん、というのが、当時は妙に面白かった覚えがあります。すまし顔のおひな様の中で、個性的に感じたのかもしれません。

段飾りは、並べて遊べるコーナーも設けてありました。昭和に作られた収蔵品だそうです。何だか太っ腹。

現代的なおひな様の展示も

後藤人形という工房の作品が、会場の一角を仕切って展示されていました。チラシの写真は、この工房の作品です。
チラシアップ
製作手法は伝統的でも、色遣いや小道具(テーマ)にいまどきを取り入れています。いわゆる作家ものです。
赤い十二単のおひな様を見慣れていると、黒や黄色やキラキラピンクを基調にした装束にはびっくりします。展示の背景も、屏風だけでなく、桜の木とか、十五夜お月様とか、お花畑とか、手が込んでいて美しいのです。

こういうおひな様を家に迎えたとして、ブームが去れば古びてしまうのか、基本は伝統手法を押さえているので末永く美しく思えるものか、私の感性では良く分からなかったけど、美術としてはすごく美しいと思いました。

でっかい文化の流れと、変わらない芯の部分を感じた

江戸時代やそれ以前のおひな様も、懐かしく思った段飾りも、いまどきのおひな様も、
ひな飾りの文化の流れの、ほんの一部分なんだなあと、見ていてだんだん腑に落ちてきました。
それぞれの時代における新しいおひな様たちは、かっこいいとかそんなの変とか色々言われながらも、受け入れられ定着していって、こうして今に伝わっているんだろうな、と。

そんな流れの中で、いつの時代も変わらないのは、健康で元気に育ってほしい、との親の願いだと思います。

そう思うと、今はたくさんのひな飾りの選択肢がありますが、
子供の幸せを願って、自分達の感性に合ったものを飾るんであれば、何でもいいのかもしれない、と思いました。

って、良く見たら、チラシ裏にサラッと書いてある一般論そのものな感想なんですが、展示を見る中ですごく実感したので、そのまま書いときます。
チラシ裏↓
チラシ裏アップ

そんな所です。

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