上野会場へ行ってきました。なんか色々と刺激された展覧会でした。
あと、無理に「恐怖」を探さなくてもいいんだろうな、なんぞとも思いました。
まあ、積もる話は後にして、絵の感想に行きましょう。
公式サイトで紹介されてる絵・そうでない絵取り交ぜて、印象強かったものを、展示順に書いていきます。
※展示とオーディオガイドの記憶、展覧会目録、展覧会公式サイト、Wikipedia、を参考にしています。
■見た目:眺めるだけで絵から何かが感じ取れて、それが絵の背景や深い意味・意図と大体一致する。すなわち、私たちが(というか私が)既に題材について知っていたり、容易に想像する事ができる。
■題材:元ネタの神話や宗教、歴史・時代背景などを知ることで、絵の本質が見えてくる。
■画家:描いた画家の境遇などを知ることで、描かれたものの裏の意味などが伝わる。
■想像:絵を通して投げ掛けられた事柄に対し、想像を深めることで引きずり込まれる。
1章 神話と聖書
オデュッセウスに杯を差し出すキルケー(題材) オデュッセウスとセイレーン(題材) 飽食のセイレーン(見た目・題材)
ギリシア神話の英雄オデュッセウスの、苦難の旅に関連する絵が、順を追って3枚。
画家も違うしで、あくまで別々の絵だと思いきや、つながっちゃうのが面白いです。背景の神話を知ってこそ!
キルケーは本当に関係ないと思っていましたが、オーディオガイドでセイレーンとのつながりを知って、へえってなりました。
絵を眺めていると、船乗りにとってはセイレーンって本当に怖い存在なのだと感じます。
ていうかオデュッセウス、自分の体でセイレーンの歌声を試すんじゃない。
吉田羊さんのオーディオガイドが、全体的には解説半分・語り半分といった構成なんですが。
これらオデュッセウス関連の絵については特に、物語を語るように話してくれるので、入り込みやすいです。
落ち着いたアルト声も、展覧会の雰囲気ととても合っていてステキです。
ディアナとエンデュミオン(題材)
女神が男性に寄り添う、一見美しい絵なんですが。
愛する人を永遠の眠りにつかせて自分のものにし、日々会いに来ているんだとか。
これは、解説パネルだけでもパッと分かりやすい狂気の形だと思いました。
2章 悪魔、地獄、怪物
彼女(見た目・題材)
「飽食のセイレーン」を描いた、ギュスターヴ=アドルフ・モッサの絵が、ここにも一枚。
遠目でも分かる、特徴的な真ん丸目の無表情の女。思わず近寄りました。(人多かったけど)
死体の山の上に乗っかってるのが、なんか異様に怖かったです。
なのにどこかコミカルというか記号的というか、浮世離れした感じで、なんか見ちゃいます。
そして解説パネルでわかる、彼女の背後に書き込まれた文言。
正確なところは覚えてないけど「私が世界のすべて」的なことが書いてありました。意味深すぎる。
聖アントニウスの誘惑(2枚)(題材)
砂漠で修行中の聖人を、悪魔が誘惑する絵が、作者違いで2枚あります。
片方はアンリ・ファンタン=ラトゥール作、他方はオランダ派の誰か作(作者不詳)。
前者は美女が誘惑しており、後者は騒がしいサーカスみたいなのが誘惑している。(人が多くて近寄るのを諦め、詳しく見れてない・・・)
同じ主題でも、作者や捉え方でここまで変わるって事に、面白さを感じました。
ラトゥールの絵の美女は、普通に綺麗で光り輝いているので、悪魔だって言われるとげげってなります。
3章 異界と幻視
ここには、マジで夢に出そうな、パッと見ぶきみな版画とかエッチングとかがありました。
夢に出たら嫌なんで、あまりしげしげ見ずに通過しちゃいましたが、ムンク(「叫び」が有名な人)の初めて見る作品なんかもあって、興味深い部分もありました。
小さな牧神(想像) クリオと子供たち(画家) そして妖精たちは服を持って逃げた(画家)
展覧会全体の中でもすごく印象深かったのが、チャールズ・シムズ作の、一見明るいタッチの3枚です。
1枚目は戦前、2枚目の後に第一次世界大戦が起き、3枚目は戦後の作、とのこと。
戦争の9年ほど前に描かれた「小さな牧神」は、上半身は人・下半身は馬っぽい牧神が紛れ込んで、ほのぼのした画面です。ざしきわらしみたいです。
それでも画面の端っこには、暗いタッチの人物だか生き物がいて、彼らは良きものか悪しきものか分からないところが、少し不気味ではありますが。
そんなに怖くないです。
戦前に完成した「クリオと子供たち」は、青空の下で、歴史を司る女神が、子供らに歴史書を読み聞かせている場面だそう。
こちらは少しも暗さがなくて、広々と明るい画面です。
そして、第一次大戦。戦争によって、シムズは1914年に息子を亡くし、自身も徴兵されて戦地に行ってきたそうです。
この後、段々精神を病んだと解説されています。
2作目の、女神が読み聞かせている書物に、戦後に血の赤が描き足されました。
平和な風景や子供たちは、戦争でどうなってしまったのか・・・
というか、女神の手がだらんとしてて、座ったまま事切れているように見えてならないんですが、これも描き換えたんだろうか??
また、戦後に描かれた「そして妖精たちは服を持って逃げた」は、幼い息子の服を、妖精がいたずらして持って行っちゃう、という場面ですが。
服を、画家の息子自体に見立てている、という説があるそうです。
人間にはどうにも出来ない、人知を超えた力に息子が連れ去られてしまった、的な、狂おしく悲しい思いのたけが、柔らかいタッチの中に塗り込められているのかもしれません。
シムズは後年、自殺という形で生涯を終えたそうです。
戦争による精神のショックを、絵にぶつけることで昇華させようとしたけども、結局うまく行かなかったのだろうか・・・と、ふんわり明るい絵のタッチに反して、想像が深みへ沈んでいきます。
4章 現実
ある意味一番身近なテーマがこの章です。
都会の怖さや貧富の差、自殺に殺人。
あとは戦場の怖さ。
立派なお手柄!死人を相手に!(見た目・題材)
戦場のリアル。やめてあげて・・・!
戦場に放り込まれると、人の精神って容易におかしくなるのかもしれない、と、絵から痛いほど感じました。
無法者(想像)
森の中のような場所を、追っ手から逃げる二人の人物。
彼らが悪者に追われる英雄なのか、悪事を働いて逃げる罪人なのかは、見る人に委ねられているそうです。
で、私は脱北者を連想しました。(国境の山を越えて脱北する人達のドキュメンタリーを、最近見たもので)
何の非もないし、秀でたところがあるわけでもない、普通の人が追われているのかもしれない、と。
切り裂きジャックの寝室(画家)
これ、今回の展覧会で、背景を聞かないと分からない度No.1と思いました。
画面は薄暗くて雑で、何を描いてあるのかも良く分からなくて、タイトルを見なければ確実に素通りしそうです。
描いた画家ウォルター・リチャード・シッカートは、切り裂きジャックに異常な興味を持って、凄惨な死体の絵などもたくさん描いたそうです。
で、この部屋は、切り裂きジャックが住んでいたという噂を聞いて、わざわざその部屋を借りて、でもって描いたんだそうです。すげえとしか。
シッカート本人が切り裂きジャックだったのではないか、とも言われているそうです。最近のDNA鑑定で、ついに証拠が出たとか、まだ確実じゃないとか・・・
そう知ると、暗い画面から、狂気が忍び寄って来る気がするんです。
5章 崇高の風景
ここで取り上げられているのは『なんらかの感情や気分を暗示的に表現する主情的・主観的な風景画』です。(公式HPより引用)
そんなジャンルを初めて知ったよ、ってのはまあともかく。
ライオンに怯える馬(見た目)
今回の見た目の衝撃No.1です。人間中心の絵ばかりだと思っていたので不意打ち食らった、ってこともあり。
ライオンと出くわしてしまった馬の、表現が凄まじかったんです。
一瞬で全身に緊張が漲る、食われる! やばい! という。
ライオンは、ちょっとびっくりしただけな感じの、きょとんと丸い目をしているので、もしかしたらおなかいっぱいだったのかも。
そうだといいんですが。
でもどちらにしても、草食動物にとって捕食者は、無条件で恐ろしい存在だろうな、と思います。
ポンペイ最後の日(見た目・題材)
これは! マジで! 声が聞こえる! 地鳴りも!
ソドムの天使(題材)
天使が、存在が大きすぎて、エヴァの使徒みたいでもう。(失礼しました)
キリスト教の天使は、文字通り「神の使者」なんですよ、と解説にあります。
決して逆らえない、絶対的で絶望的な存在感です。
言葉なんて通じません。
これは怖い。
6章 歴史
結局底知れないのはこれかもなと思う件。
だから展覧会のラストになったのかもしれません。
権力や栄華のために、人を殺すとか殺されるとか、枚数ありすぎて麻痺する勢いです。そんなの嫌だ。
マリー・アントワネットの肖像(題材) マリー・アントワネット最後の肖像(題材、画家)
作者不詳の、若きマリー・アントワネットの油彩画。
そして、ジャン=ルイ・ダヴィッド作、処刑場に運ばれて行くマリーアントワネットのスケッチ。(こちらは解説パネルに印刷されているだけで、実物は来ていません)
このスケッチの方が、監修の中野京子さんが『怖い絵』シリーズを執筆しようと思ったきっかけなんだそうです。
パッと見、ただの下手なスケッチに見えます。マリー・アントワネット、意地悪ばあさんみたいに見えるし。(ちなみに処刑されたとき37歳。決して年寄りではない)
若いころの美しい肖像画と並ぶと、違いが際立ちます。
ダヴィッドは、フランス革命のとき、ルイ16世の処刑に賛成を投じたそうです。政治信条的に、マリー・アントワネットにも敵対の立場だった、ということ。
そんな画家の手によって描かれたスケッチは、描き加減によって、悪女に見えるよう歪められているかもしれない、というのです。
ナポレオンの戴冠式とか、有名な絵も多数ある画家なので、ただのスケッチにしたって、下手なわけがない。
それなのにこんなに意地悪ばあさんみたいに見えるのは、画家の悪意だ、と。
画家は見せたいように描く。絵の背景を知ることで、裏側や本質が見えてくる。
これは、世の中にあふれる様々な情報すべてに通じることでもある、と思いました。
レディ・ジェーン・グレイの処刑(題材)
フランス人画家ポール・ドラローシュ作、展覧会の一番の目玉。
ぶっちゃけ、ここにたどりつくまでにだいぶ疲れていますが(爆)
それでも、迫力があって、美しかったです。
ロンドンナショナルギャラリー一番の人気作なのも頷けます。(よく借りられたもんだ)
※ジェーン・グレイが処刑された経緯については、こちらの記事に調べたことを書いています↓
この絵が描かれたのは、出来事から300年後で、イギリス人ではなく異国の画家の手によります。ロマン主義全盛期の作品ということもあり、舞台的・演出過度な部分もあります。(と、「怖い絵 泣く女篇」で解説されてたのを丸呑みしてる)
女官の嘆き方が激しすぎる、動揺させないであげてよ、とかね。確かにそう思います。
それでも興味を持って見てもらえるならなんぼ、なのかもしれません。
よくみると、足元の黒い布が右端でめくれて、その下の木の台らしきのが見えています。
だから尚更舞台のように感じてしまうんですが、舞台ではない、実際にあった話、と思い直して悄然とするわけです。
展覧会全体のエピローグとして、「レディ・ジェーン・グレイの処刑」を主題とした映像が6分半ほどあります。
ここでジェーンを描いた他の絵や彫刻が数点出て来ますが、ドラローシュの絵ほどじゃないけど普通に美人さんでした。
また、自然に囲まれた、のどかな生家の様子も出てきます。何事もなければ平凡な一生を送るはずだった、とも。
平和な世に生まれていれば、と思います。本当に。
無理に「恐怖」を探さなくても良い
パッと見で怖かったりえぐかったりする絵は一部だけで、あとは場面を解釈してはじめて恐怖感が刺激されたり、背景まで知らないと分からなかったりしました。
そして、「怖い」というより「切ない」「愚かしい」「気色悪い」といった気持ちが沸く絵も多かったです。
パッと見は怖いけど実はギャグ、てのもあったし。
で、それらを深く感じようとする見方もありますし、娯楽小説を楽しむように一歩引いた感じ取り方でも良いと思うのです。
どちらにしても、何かしら印象に残る事柄はあると思うので。
展覧会の本質
「怖い絵」といいつつ、見た目では「何が怖いの?」って絵も多いことに、いまいち・つまらないと感じる人もいるかもしれません。
展覧会の最初に、監修の中野京子さんの挨拶文があります。
正確な文面は覚えていませんが、以下のようなことが書いてありました。
現代に生きる私たちは、生まれた時から動画があって当たり前だが、昔はそんなものはなかった
絵から想像力を膨らませ、どのようにその状況に至ったか、これからどうなるのか、という前後も含めて見ていた
想像を刺激しやすいよう「怖い」という切り口ではありますが、本質はこういう「物語としての絵」「歴史としての絵」を感じてほしい、という展覧会です。
楽しみ尽くすなら予習を
背景を自分なりに知った上で見に行くっていうのが、本展の楽しみ方として最上なんだろうと思います。
解説パネルの情報量は限られているし、人が多いとなかなか近寄れなかったり、ってこともありますしね。
入場待ちに並びながら、公式サイトの説明書きを読むだけでも違うと思います。
生の絵が持つ迫力は相当なものなので、ホームページとかで見たからって、会場で「つまらない・・・」なんてことは決してないと思います。そんなわけで、ネタバレ上等! と私は思います。
監修者・中野京子さんの本は、知識が幅広くて、文章表現・感性も幅広くて、ちょっと毒舌で、かなり読ませます。
1作品につき解説8~12ページ、と読みやすい分量なのも良い感じです。
「メデューズ号の筏」「マリー・アントワネットの最後の肖像」が収録されている「怖い絵」。
「レディ・ジェーン・グレイの処刑」「サロメ」「オデュッセウスとセイレーン」が収録されている「怖い絵 泣く女篇」。
「オデュッセウスとセイレーン」「パリスの審判」の解説では、オデュッセウスの旅についても文章が割かれていて、傾城の美女・ヘレネー(展覧会に2枚の絵が来てる)とも繋がる話だと分かります。
怖いもの見たい人はこちらも勉強になります。(中野京子さんの本ではないけど)
剣での斬首は難しいものだ、という話も出てきて、その場の緊張感がありありと伝わってきます。ルイ16世とマリー・アントワネットの処刑を行った執行人の話です。
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