日本で世界遺産といいますと、五箇山(富山県)の合掌造り集落や、文化遺産になった富士山などが、私はパッと浮かびます。
何にしても、「古くからあるものを末永く守っていこう」みたいな意志を感じます。
対して国立西洋美術館は、どこにでもあるような・・・というと言い過ぎですが、それほど独創的だったり派手だったりはせず、現代ではありがちな建物の一つのように見えます。
これがどうして世界遺産にまで? と思っていたところ、ちょうど建築ツアーをやっているのを知り、参加することができました。(ツアーの詳細は記事最下部です)
国立西洋美術館の世界遺産登録について
2016年7月17日、「ル・コルビュジエの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―」が世界遺産に登録されました。
7か国17資産で構成される資産が、3大陸にまたがって一括登録されるのは初めてのことです。(このうち美術館は、国立西洋美術館を含めて3つです)これらの資産は19世紀以前の様式建築を批判し、新しい社会の求めに応じた建築を作ろうとする「近代建築運動」の歴史とその世界的影響を証明するものであり、また20世紀という新しい時代における社会的・人間的ニーズに対する革新的な解決策であると認められました。
国立西洋美術館パンフレットおよびツアー解説より
先に常設展で予習
どうせチケットが必要なので、先に常設展を見てきました。
半券があれば再入場できるので、ツアーの参加には問題ないです。
常設展入り口のホール(19世紀ホール)には、美術館の建物に関する展示があります。
私が行った時には、建物をデザインしたル・コルビュジエの、建築デッサンの特別展をやっていたので、そちらを見に行きました。
すげー色々なことを考えて、日本の風土や美意識も取り入れて作り上げたんだな、というざっくりした実感と、自然光が好きらしいってこと、成長する建物にしたかったらしいってことが何となく分かりました。
ツアー開始
ボランティアガイドさんに案内されて、外から建物を見て、中もぐるりと回りました。
展示品にはほとんど見向きせず、建物についての解説です。(そりゃそうだ)
以下、印象に残った事・考えた事を挙げていきます。
「近代建築の5つの要点」
ル・コルビュジエがまとめた、近代建築を成り立たせる要点。(国立西洋美術館パンフレットより引用・加工)
今では当たり前すぎて、これだけ見ても「?」ですが、だんだんじわじわ来ます。
1・ピロティ
2・屋上庭園
3・自由な間取り(平面)
4・横長の窓(水平に連続する窓)
5・自由な立面(ファサード)
「柱と床板」の構造を生み出した、歴史的背景
ル・コルビュジエが活躍する前のヨーロッパの建造物は、「レンガを積んで、壁で建物を支える」という考え方でした。
石造りの教会とか、ローマの遺跡群とか、全部そんな感じですよね。
だから、壁を取っ払ってピロティーを作るなんてのは不可能だし、窓を自由に開けることも不可能でした。
ル・コルビュジエが、柱と壁で支える「メゾン・ドミノ」(ドミノシステム)を考案したことで、壁や間仕切りのデザインが飛躍的に自由になり、また建てるのも楽になったそうです。
建てるのが楽っていうのは、時代の要請もあったそうです。
時は第一次世界大戦の始まった頃で、この先壊れた建物を素早く供給して行く必要が生じる、というわけで量産できる建物が求められました。
部材の規格化・量産化を発想し、工場で作って現場で組み立てるプレハブの考えを示したのはコルビュジエなんだそうです。
「柱と床板」の構造にすると、建物が自由になる
さきほどの「近代建築の5つの要点」、柱だけの空間であるピロティを作れるのも、壁や窓や外壁のデザイン・配置を自由に変えられるのも、「壁で支える」から「柱で支える」へ、構造を変えたからこそ。
屋上庭園だけは少し違いますが、屋根を自由にするというわけで、方向性は同じです。
技術面だけでなく、生活が豊かになる事も考えて、要点をまとめたんだそうです。
歴史背景を知ると、すごい発想の転換だったんだなと思います。
柱と床って日本民家もそうじゃん
というか、柱と梁と床、ですかね。
部屋の隅ごとに柱があって、中心には大黒柱がどーんとそびえてるとか、完全に日本の古民家じゃないかと。
似てるなと思いましたが、それを規格化して、世界規模のムーブメントにまで作り上げたのが、コルビュジエのすごい所なんだなと思いました。
無限成長美術館
これも大事な考え方の一つだそうです。まず言葉の響きが面白い!
国立西洋美術館は、中央ホール(19世紀ホール)から始まって、四角いらせん状の展示室を巡る構造になっています。
美術館は大抵、収蔵品が増えていく運命にあります。展示を増やしたくなった時には、巻き貝が成長するようにらせん構造を増築して、展示スペースを増やせるってわけです。
土地さえあれば、ですけど。
西洋美術館は残念ながら、土地がないのがネックになって、らせんを延ばすことは出来なかったそうです。
でも、美術館2階には大きな掃き出し窓みたいのがあって、らせん構造を延ばすならここ、と最初から増築が考慮されています。
これ、我が家の内装や、ブログを書いてる時にも、似たような事を考えています。
将来の再リフォームを見越した工事をする、とか。
ブログの記事を、追記・リライトしやすい体裁に、最初からしておくとか。
・・・規模が大違いですねえ。
スロープが好き
常設展の入り口・19世紀ホールから、2階の展示室へ上がる通路は、階段ではなくスロープです。
これがコルビュジエのこだわりで、階段だと足元に集中してしまう視線が、スロープだと自由になります。
天井からの光だとか、ホールの空間の広がりだとかを、しっかり感じ取る事ができるんだそうです。
言われてみると確かにそんな感じです。
同時に世界遺産登録された他の建物でも、効果的にスロープを配置しているものがあるそうです。
まとめ:良く分からなかった「価値」が見えた
冒頭でも書いたように、国立西洋美術館に何の価値があるのか、正直全然分からなかったんです。
ピロティーとか、柱が建物内部に露出してる大空間とか、わりと色々なところで見掛けますから。
これ、なんとなく勘違いしてたんですが、芸術的だから選定されたわけではないのです。
構造・設計の根底になる思想があって、それが近代の建築に幅広く影響を及ぼしている。
近代建築の祖という意味で価値がある。
で、国立西洋美術館には、この近代建築の考え方が、余さず反映されている。
最初からそう言ってるじゃんって突っ込みをいただきそうですが、建物やパンフレットを見ながら説明を聞いて、何だか腹落ちしました。
今まで指定されている多くの世界遺産は、過ぎ去った/過ぎ去りかけている文化が、消えないよう保存する方向性だと思います。
これに対し、今回の国立西洋美術館等は、現在でもいまだ生き続けている文化・発想を保存しようとしているので、この点は性質が違うと感じました。
時代が進めば、国立西洋美術館も、過去の遺物みたいになっていくんでしょうか。
そんなことも考えた、建築ツアーでした。
補足:国立西洋美術館のHPに色々書いてあった
ので、参考までに引用させていただきます。歴史があります。
国立西洋美術館 本館について
戦後、日仏間の国交回復・関係改善の象徴として、20世紀を代表する建築家のひとりであるフランス人建築家ル・コルビュジエ(1887-1965)の設計により、1959(昭和34)年3月に竣工した歴史的建造物である。1998(平成10)年に地域に根ざした優れた公共施設として建設省より「公共建築百選」に選定され、2007(平成19)年には国の重要文化財(建造物)に指定された。
ル・コルビュジエについて
ル・コルビュジエ(1887-1965)は、スイスのラ・ショ-=ド=フォンに生まれ、当地の美術学校で学んだ後、ウィーン、ベルリンで建築・工芸の新しい運動に触れ、パリでキュビスムの影響を受けました。建築は、ペレ、ベーレンスに短期間師事したほかは独学で、1927年、ジュネーヴの国際連盟本部の設計コンペティションに当選して建築家としての名をあらわしました。代表的な建築は、ポワッシイのヴィラ・サヴォア(1929-31)、マルセーユのユニテ・ダビタシヨン(1947-52)、ロンシャンの聖堂(1950-54)などがあります。
ル・コルビュジエ建築の特徴は、ピロティー(柱)、骨組みと壁の分離、自由な平面、自由な立面、屋上庭園にあります。当美術館の本館はこれらに加え、展示室の中心にスロープで昇っていく渦巻き形の動線に特徴があります。
美術館の建物|国立西洋美術館より編集
国立西洋美術館の建築ツアーについて
当記事公開時点で、毎月4回ほど行われています。
美術トーク/建築ツアー|国立西洋美術館より、ツアーの概要↓
日時: 第2・第4水曜・日曜日(開館時)
15:00~(約50分)
対象: 10才以上
定員: 各回20名(先着順)
料金: 無料。常設展観覧券が必要です。
参加方法:事前の申し込みが必要です。
今回は、10名×2グループで、ボランティアガイドさんが案内してくれました。
イヤホンを着けるので、ガイドさんの声が良く聞こえます。
展示室内でインク式の筆記具は使用禁止、ということで、メモを取りたい人には鉛筆も貸してくださいました。恐れ入ります。(活用した)
あと、ツアー中は撮影禁止といわれました。(行動が滞るため。記事中の写真はツアー終了後に撮りました)
通常は、常設展内の撮影禁止マークがない展示品を、フラッシュなしで撮るのならOKです。
館内の様子を撮る時は他の人に配慮しましょう。
美術品に目をくれず、建物ばかり眺めるのは、初めての経験で楽しかったです。
常設展を先に眺めてきたことで、目移りしないで建物に集中できたのも良かったです。
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